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本と写真と珈琲が好き

書きたいこと、写真に残したいもの。思いつくまま、気の向くままに。

「文庫X」レビュー

旭川のローカル月刊誌『グラフ旭川』に出す予定だった原稿。
 
こども冨貴堂さんから依頼されていたが、向こうとのタイミングが合わなかったらしく、この原稿はお蔵入り、というか別のところ(チーム「今だから」の機関誌『菜の花通信』)に掲載されることになった。
 
せっかくなので、ここに残しておく。
苦労して書いたからね。
 
 
(以下本文)
 二〇一六年夏、盛岡市のさわや書店フェザン店が「文庫X」と称して、ある文庫本を書名を伏せて販売を始めた。明かされたの税込み810円、500ページを超えるノンフィクションいう情報のみ。表紙を覆うカバーには、泥臭い手書き文字で書店員の「どうしても読んで欲しかった」という思いが綴られている。書名を隠したのは、先入観を排除して多くの人に読んでもらいたかったからだという。これが話題を呼び、同様の販売方法が全国各地の書店に飛び火することになった。そして12月9日、予告通り「文庫X」の書名が解禁される。それが今回紹介する『殺人犯はそこにいる 隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件』だ。
 正直なところ、過剰に期待していた私はその書名にいささか拍子抜けした。が、その印象は後にいい意味で盛大に裏切られることになる。なるほど先入観を排したいと思うのももっともだ。書名を見ていたら自分では決して手に取らなかった本かもしれない。
 
 本書は、一九七〇年代から九〇年代にかけて、群馬県と栃木県の県境、半径10キロのエリアで起きた五件の幼女誘拐殺人事件の真相を追ったノンフィクションである。著者は清水潔。「桶川ストーカー事件」をスクープし、この件に関する埼玉県警の不正、失態を暴いたことで有名になった報道記者だ。
 清水氏はこの五件の殺人事件が同一犯による連続事件という仮説を立て、緻密な「調査報道」によって事件の真相をひも解いていく。五件のうちの一つ「足利事件」の犯人として無期懲役となっていた菅家利和さんは、彼がにらんだ通り冤罪であった。前代未聞のDNA型再鑑定によって菅家氏が無罪となったのは、著者の地道な報道がなければ実現しなかったことだろう。それだけではない。驚くべきことに、真犯人を特定するまでに至っているのだ。
 だが警察は動かない。現在に至るまで真犯人は野放しのままだ。なぜか。
 それは、真犯人を捕まえると菅家氏有罪の決め手となったDNA型鑑定のミスが確定し、ほかの事件でも冤罪が発覚する可能性があるからだ、と著者は考える。ここでも桶川事件と同様、警察組織と司法組織の隠蔽・保身体質が見え隠れする。被害者遺族の一人松田さんが言った「ごめんなさいが言えなくてどうするの」という言葉が胸に迫る。そして暴力による自供、都合の悪い証言の封印など、本書で次々とあらわになる警察組織の不誠実さには、誰もが憤りを禁じえないだろう。
 著者の取材の第一ルールは「一番小さな声を聞け」だ。小さな声は、国家や世間には届かない。その架け橋になることこそ報道の使命なのだと彼は言う。愚直に、奪われた五人の幼い命に寄り添う著者の真摯な姿勢は、読む者の胸を打つ。それは、権力側の情報を右から左に流すだけの広報機関と成り下がっている日本のマスコミの対極を行くものだ。彼は現場に赴き、人々の声に耳を傾ける。本書が「調査報道のバイブル」と言われるゆえんである。
 米ニューヨーク大学教授ジェイ・ローゼン氏によれば、スクープには四つの形態があるという。第一形態「エンタープライズ(発掘型)スクープ」は調査報道と同義と考えていい。日本の報道界で主流なのは、第二形態「エゴ(自己満)スクープ」だそうだ。エゴスクープの特徴は放っておいてもいずれ明らかになる点で、それを誰よりも早く報じようとしのぎを削る。そんな価値ゼロのスクープが日本には蔓延しているのは残念なことであると思う。
 巻末で本書の解説をしている牧野氏は「調査報道で日本は変わる」という。清水氏はジャーナリズムスクールの講義の中で、「調査報道は大事だよね」という意識を共有していけば世の中を変えることができるかもしれない、と述べたそうだ。
 本書は読み物として第一級であると同時に、報道のあるべき姿や人のあるべき姿、真実とは何かについて、さまざまなことを考えさせてくれる点で非常に価値のある本だ。すでにベストセラーとなっているが、それでもなお、私はこの本を多くの人におすすめしたい。活字離れが進んでいると言われる昨今でも、膨大な出版物の中から本当にいい本に辿り着く術さえあれば、人はきっと本を読みたいと思うはずだ。素敵なアイデアを思いついた若い書店員と、すばらしい本を世に送り出してくれた著者に、私は深い敬意を表したい。そしてなにより、真犯人が一刻も早く公正に裁かれることを強く願う。