小樽・札幌・ゲストハウス その4
早朝6時。
なぜか早起きのお年寄りに混じって中島公園を散歩している。肌寒いが天気は良好。
この日の朝は、真下のベッドから響いてくるすさまじいイビキで、半ば強制的に寝室から追い出された。いくら生理現象とはいえ、あまりにも堪え難く、ちょっとだけ殺意をもよおした(ちょっとだけね)。そういう現場からはさっさと離脱するに限る。
あとでリビングでこのことを話すと、スタッフの絹張君は、「ゲストハウスあるあるですね」とあっさりしたものである。まあ、確かによくあることなのだろう。
中島公園の桜もやはりほとんど散ってしまっていて、かろうじて八重桜が残っている程度だ。自動販売機があったので、缶コーヒーを買って、しばしベンチング。
適当にぐるっと公園を1周したところで、宿へ帰る。途中のセブンイレブンでおにぎり1個と高橋製菓のカステーラを買った。
やすべえの朝食は、食パンを自分で好きな量だけ切って食べることができる。飲み物は、宿泊者に限り全メニュー300円。パンを超厚切りにして(というか、なってしまった)、ホットコーヒーを注文した。あとで横から聞いた話によると、このパンは「薄切りにした方がおいしい」らしい。(なんてこった!)
本を読んだり、昨日撮った写真をFacebookにアップしたりしてのんびり過ごしていると、マスターの河合さんが出勤してきた。ゆうべチェックインの時にはいなかったから、対面するのはこの日の朝が初めてだ。服装はジャージ姿。円山の自宅から走って通勤しているとのこと。なんて体育会系!さわやかすぎる。
焙煎体験の予約時間は11時から。しばし待たされる。
これが今日の焙煎体験で使う機械なのだろう。ゆうべから気になってはいた。今までも時々見たことのある焙煎機の形である。しかし、なぜか家庭用の小さいコンロが差し込んであるのと、空気調整のつまみが明らかになんかの瓶の蓋を転用しているのがビミョーに気になる。中途半端に手作り感があるのだ。こういうものなんだろうか。
「これはプロ用の機械ですか?」と聞くと、「プロですから!」という自信に満ちた答えが返ってきた。
実際に機械を動かす前に軽いレクチャーを受ける。周到にプリントまで用意してくれている。手焙煎は今までもしたことがあったので、知識としては知っていることばかりだ。ハゼ(豆が膨張して皮がはじける現象)、浅煎り・深煎り・中煎り、○○ロースト(煎り具合の段階ごとに名前がある)、等々。それでも、何か知らないことがあれば聞き逃すまいと、一字一句真剣に耳を傾ける。
最初は河合さんがひととおりの手順を見せてくれる。焙煎度合いは、フレンチロースト。1ハゼと2ハゼの境界が今までよくわからなかったのだが、河合さんの言う通り、確かに1ハゼと2ハゼの間には若干の空白がある・・・気がする。(ハゼには2種類あるのだ)このハゼを見極めることが、焙煎の度合いをコントロールするうえで非常に重要なポイントになる。
教わった手順をもとに、今度は自分で焙煎してみる。
生豆を焙煎機に入れ、コンロに火をつける。煙臭くならないようにするためには、適度に空気を抜いてあげるんだそうだ。豆の状態を確かめるための引き出しみたいな部分があって、そこを開けたときに煙が出てくるようならつまみをひねって空気を調整する。それを繰り返すことで煙がこもることを防げるらしい。
自分は中煎りに挑戦。2ハゼが始まってすぐに火を止める。クールダウンの機械のスイッチを素早く入れ、引き戸を開けて焙煎機の中から豆をざーっとその中に出す。
ここはもたもたしていてはいけないと教わったところ。なぜなら、余熱で焙煎が進んでしまうからだ。緊張する一瞬だった。
あ、この写真は、実は河合さんがやったやつですね。自分がやったときは写真に撮れなかったので。
そしてクールダウン。缶コーヒーのCMなどでよく見るこの場面は、実は焙煎ではなくクールダウンしているときのものだったんですね。この時初めて知りました。
下の穴からは、チャフ(弾けた皮)を吸い出してくれる仕組みになっているのだそう。スバラシイ。この辺は家庭では真似できないところだ。家のなかでうちわで仰ごうものなら、たちまち皮がそこらじゅうに飛び散ってしまう。自宅で焙煎するときは外に持ち出して仰いでいるが、一般的にはみんなこの問題をどうやって解決しているのだろう?
焙煎中はなんとなくムラがあるように見えて心配だったが、出来上がってみるとこんなにきれいな色に仕上がり。いやはや、道具ってすばらしいですね。
後日飲んだコーヒーの味は、もちろん最高でした。それ以上に、香りが。
河合さんは、欠点豆のハンドピックは最小限にしかしないのだそうだ。というのも、いちおうスペシャルティコーヒーと銘打っているからには、ある程度現地の人の仕事を信頼してあげたい、ということらしい。
今でこそフェアトレードという概念も浸透してきてはいるが、基本的にコーヒー産業というのは低賃金の過酷労働。先進国の人々の優雅なコーヒータイムは、多くは発展途上国であるコーヒー豆産地の人たちの厳しい生活によって成り立っているということを忘れないようにしたい。ちなみにハワイコナのあのバカ高い値段は、おいしいからというわけでもなんでもなく、単に人件費が高いからなんだそうですね。まともな賃金を払えば、コーヒーだってそういう値段になっちゃうわけです。これは河合さんから聞いて初めて知りました。
また、コーヒーは基本的に嗜好品であるべきだ、というのが河合さんの哲学。飲み方は人それぞれであっていい。好きなように飲めばいい。「コーヒーはブラックで飲む物だ」なんて言って、すべての客に始めから砂糖やミルクを出さないなんてことは、やっちゃいけない。
また、酸味の強い浅煎りのコーヒー豆は苦手だと言う人が多いが、これも飲み方の問題であって、砂糖をたっぷり加えればワインのような味、そこにさらにミルクを加えれば、まるでミルクティーのよう。そんな味わい方もあるのだと、実際に作ってみせてくれた。飲んでみると、まったくおっしゃる通りだった。
そんな感じで、本格的な焙煎体験だけでなく、蘊蓄でもすっかり楽しませていただきました(実はこういう方が自分は好き)。そして、「岡本珈琲」完成です。
ていうか、これ、みんなに同じことやってあげてんですか?
とまあ、書いてみると、河合さんはいかにも実直な職人さんのように思われるかもしれませんが、本当は実にユーモラスで面白い方です。
今は、カフェラテのグラスに軽量用のビーカーを使うのが最高にクールなんだそうです。もし流行ったら、その発祥は札幌ゲストハウスやすべえであると記憶しておいてください。ないと思うけど。
そんな感じで、また今日も最後まで終わりませんでした。
つづく。